2018年09月26日

人生を棒に振る

考えれば考えるほどくだらない話。

でも、未来ある若者のことを考えると雅培有機奶粉、気にならずにはいられない。


赤の他人のことなんてどうでもいいかもしれない。

でも、なぜか気になる。

いや、気にさせるのが彼らのやり方だ。

それを知っていても激光美白、やはり気になる。


「無責任に他人の人生を左右するような発言をするな」

とも思うし

「彼らの発言なんかで自分の人生を棒に振るな」

とも思う


どちらにせよ僕の人生にはあまり関係のないこと。


だけど


若者や情弱を食い物にするオッサ保濕ンやオバハンが嫌いだ。

見てて吐き気がする。

  


Posted by cindy1232  at 16:19Comments(0)

2018年09月26日

な手応えを感じて

数年前に初めてKDPを始めました。その頃は2〜3ヶ月に1冊売れればいい方でした。

「どうやればうまくいくか」を考えてあれこれやって。最近ようやく毎日なにかしらの数字の動きが出るようになりました。

まだまだ「食っていけるほど稼げる」どころか微々たる金額しか稼げていませんが、周囲の人間がドン引きするくらいこういうところでポジティブな私は「え、このままやっていけばいいんじゃね?」みたいな手応えを感じています。

正直なところ、なんで最近こうして数字が動くようになったのかさっぱり分かりません。

今年の6月にはミスコン時代にやっていたFacebookのアカウントも閉じました。私の今のSNSアカウントは見てもらえば分かると思いますがフォロワー数も少ないし、エンゲージメントも少ないし、閲覧数も少ないことが分かるかと思います。

にもかかわらず、なぜか伸びているkindleの数字。本当に「なんでだろう???」って気分です。確かにいろいろ自分なりにアイディア出してやれることはやってきたけど、自分の中で決定打的なのが見えてきていません。

ただ数年前は2〜3ヶ月に1冊くらいきか動きがなく、1年前だって1ヶ月に200円も稼げなかった私が、今は毎日なにかしらの数字の動きがある。

これはとても嬉しいことで。

これはこれで一つの「努力が実った形」なのかなと思います。

「(そんな数字で)よくやれるね」とも周りからは言われたりしますが、そう言われるほどのポジティブさがあったからこその結果なのかな。

だからこれからもこのポジティブさでこの今の数字を超えていこうと思います。  


Posted by cindy1232  at 15:41Comments(0)

2018年09月06日

相当な風の強さ

このタイトルがあちこちで蔓延していることだろう。
昨日の台風は、すごかった。怖かった。
一番上の孫が怖がってウルサイ、と娘が言っていた。
そりゃあ怖いだろう。
私も、怖くて家のあちこちをウロウロしていた。
窓の隙間から浸水してくる場所を三箇所見つけ、雑巾で吸い取り、絞り、吸い取り、絞り、を繰り返していた。
家は、みしっと、しなるし、軋(きし)むし、揺れるし濕疹原因、飛ばされたり窓ガラスが割れたりしないかと、一番外からの影響が少ない部屋で、小さく丸まって恐怖に打ち震えていた。

今朝、娘からのラインの写真であちこちの被害を見た。
近所では、根こそぎ倒れた街路樹、ガレージの濕疹預防屋根が前の道路を超えて向かいの家に飛んでいったり、倉庫が隣家に落ちたり、それぞれの家も大変だったようだ。
やはり、あれだけわたしが怖がるというだけあって、相当な風の強さだったのだ。

一夜明けて、青空。
ああ、よかった。
好きに任せて昼寝をしたり、SNSで遊んだり邊度做facial好、ネットで商品探しをしたり、他人のブログを読んだり、思いっきり、のびのびした1日だった。
何事もない幸せを存分に噛み締めた。  


Posted by cindy1232  at 16:43Comments(0)

2018年09月06日

仕事をゆるゆる

昨夜、日付が変わっても強風と雨に降られ、気圧も低くて、眠りが浅かった。何度も目が覚めた。

朝。まだ気圧の低下が残っている感じで、しんどい体を頑張って起こして、職場に出る。

工場の外壁は多少傷みはあったが、業務に支障は無く、仕事をゆるゆると立ち上げた。

日差しは夏のもので、昨日涼しかったのに、今日は夏の暑さ。エアコン無しでは厳しい。

そういえば、今朝、電気代の請求が来ていた。エアコンを使いまくったから、今月分はいつもの倍くらいの請求額になっているだろう。

昨日、台風の気圧差で体調がガタガタになったから、無理して仕事の処理はできないし、頭が回らないから、そもそも仕事にならない。時間の余裕を持って、一つ一つ丁寧に見直しながら、ミスがないように片付ける。

定時で片付けて、帰宅。体力が残っていなくて、ぐったり。週末まで、持ちこたえられるか、な。。。。  


Posted by cindy1232  at 15:33Comments(0)

2018年08月07日

金曜日に届いてい

朝。出かけるとき、既に暑い。出勤途中でスポーツドリンクを1本飲んでしまった。500mlのやつ。

作業開始。金曜日の予定が、出張が入ったため、今朝にずれ込んだ。1時間ほどの作業だったが、消耗した。

残りは、メールの処理とか、デスクワーク冷凍溶脂價錢。金曜日に届いていたメールも込みで処理する。

夕方になると、パソコン作業が続いたせいか、目がちかちかしてきた。

出張旅費の精算をしようとして、財布をアパートに忘れてきたのに気がついた。土曜日、病院に行ったときに別の鞄に入れて、そのままにしていた。

今日、普通に生活する分には、電子マネーで充分足りるが痔瘡 內痔、発作を起こして病院に駆け込んだとか、そういう、いざというときには、電子マネーは使えない。

何事もなく、無事に、いざというときの出費がないように、おとなしく仕事して、おとなしく帰ってきた。

大雨とか、台風とか、不穏なニュースが聞こえてくる红磡通渠。短時間でどっと降らなくても、あたりの熱気を洗い流してくれる程度の雨の方が嬉しい。天気に文句は言えないけど。。。。  


Posted by cindy1232  at 15:43Comments(0)

2018年08月07日

昼日中から浮か

デパート不況が言われるようになって久しい。
かつて隆盛を誇ったデパートが次々と閉店に追い込まれている。
デパートのターゲットは当然ながら「日中に自由に買い物をする権利のある人」。
昔は10時開店、6時閉店と決まっていた。
こんな時間帯に買い物できるのは、よっぽどのブルジョワか、
中産階級のいわゆる専業主婦。
”企業戦士”と呼ばれる主人を送り出し、あとは自由。
おまけに給与が振り込まれた銀行のキャッシュカードを握っている。
それに見合った買い物をしていれば咎める者はいない。
デパートの顧客は、こういった人たちの支えで成り立っていたとも言える。
今はそういった層ももはや老年。かつてほどの購買力はない。
世の中は今、夫婦ともに働くという世界。お財布も別々。
キャッシュカードを握って、昼日中から浮かれてはいられない。
デパート不況というより、
こんな風にライフスタイルが大きく変わったとも言える。

1970年代までは、若い女性の職業(?)に「家事手伝い」などというものがあった。
(この言葉に聞き覚えのある人は、もう、老いの域に入っています。)
これは高校なり、短大、あるいは大学などは出たけれど、
特定の仕事を持たない女性が職業として、かりそめに書く言葉。
「嫁入り前の状態ですよ」
という意味を表す言葉でもあった。
のちに結婚し、のんびりと専業主婦として過ごす。
こういった人がデパートを下支えしていたとも言える。

世界を見てみると、かつての様々なデパートも日本と同じく下降線を辿っている。
そして今、世界を席巻しているのは"GAFA" すなわち
Google,Apple, Facebook,Amazon。
こういったビジネスが、ライフスタイルまで変えてしまった。

デパートが一つのステータスで、「家事手伝い」という職業(?) があった
そんな時代が妙に懐かしい...

  


Posted by cindy1232  at 12:58Comments(0)

2018年06月29日

指先から脇の下ま

かつて利き腕を骨折した友。「あれは難儀だった」と苦笑いしながら、

当時の生活の苦労を語ってくれた。



最も困ったことの一つが「手洗い」。指先から脇の下までギプスと包帯毛囊發炎で固定され、両手でゴシゴシと水洗いができない。

「当たり前が当たり前でなくなって、初めて気付くことがあった」。

そう言いつつ、自分の手のひらを、いとおしむようにさすった。



南アフリカに古くから伝わる言葉に「片方の手が、もう片方の手を洗ってくれる」とある。

汚れた右手、左手も、重ねてこすれば、互いが互いを洗って、両手が一緒にきれいになる。

同時に、そうした身近な存在だからとい痔瘡切除って感謝を忘れてはならない、という戒めにも思える。



あらためて、身近な人々を思い浮かべてみる。

家族、友人、近隣、職場の人々……私たちは、人との触れ合いを通して自身を磨いている。

“長所しかない”という、完全無欠な人など一人もいない。

互いに欠点を抱えながら、励まし合い、時にぶつかり合い、切磋琢磨する中で、人は成長していく。



池田先生は「人間は、人間を離れて人間になれない。

人間の中でこそ、より大きな自分となり眼霜推薦、より大きな喜びを得るのだ」と。

あらためて感謝したい。あの人、この人に。共に歩む全ての同志に。  


Posted by cindy1232  at 16:14Comments(0)

2018年06月29日

脳が疲れるのだ

お~おお~つって観客の声援が漫然と響いているところ

これが大きく展開しないパス回しのあいだじゅうずっと続いている

騒々しいのに音にメリハリがなく、脳が疲れるのだ

野球の場合、多くは各選手の応援歌があり、かっとばせ~〇〇!という一定の節があるので混乱がない

応援というよりは一体感に酔っている感じ

その集団の外にいると冷めてしまうのも仕方ないのかもしれない

サッカーでの国内の盛り上がりを疎ましく思うようになって久しいが今夜は答えが見つかってスッキリした  


Posted by cindy1232  at 15:57Comments(0)

2018年05月29日

季節を感じられる

取り寄せている無農薬野菜の農家さんから、夏みかんがたくさん届く季節になった。


季節ごとに採れた恵みを採れただけそのまま分配される仕組み日本讀化妝なので、季節を感じられる野菜や果物や卵がその年の天候なども反映した出来映えで送られてくる。
不作の年は本当に不作だし、豊作の年は食べきれないほど届く。猛暑では卵の数が減ったりもするし、虫害が多い年は穴あきだらけの青菜ばかりになり、かと思えば筍や梅などすぐに処理をしなくてはならない季節ものも待ったなしでやってくる。

四季の恵みを直に感じられるし、自然体で得る農作物がどんな様子になるのかが垣間見れるので、子供たちにもいいと信じて続けているのだけれど、偏って届きがちなのが難点。
消化しきれないものがいくつかあって投資日本樓、夏みかんはそのひとつだ。
しかも、届く無農薬野菜全般に言えることだけれど、どれも新鮮で味が濃くてたくましいだけに、手強いものはだいぶ手強い。夏みかんもかなり酸っぱくて、酸味が強いものに胃をやられやすい私はあまり量が食べられないので余計に余りがちになるのだ。

毎年マーマレードにしてストックしておくことが多いのだけれど、今年はふと思い立ってマーマレードを作った中から一部を取り分けてドライピールにしてみた。
そしたらすごく美味しくてびっくり!
手強さが生かされてグミみたいに歯応えがあって、食欲のない朝にちょっと口に放り込むと一気に体が冴える爽やかさがあり、冷蔵庫に置いてちまちま長く楽しめるのもすごくよかった通渠佬。皮全部を毎日楽しむものだから、無農薬の皮で作る価値もある。


というわけで、先週末に届いた分で本格増産中!
コトコト砂糖と煮て、水分飛ばして煮詰めて、乾燥開始。
楽しみだな~。


しかし。。
私が作ると、ややおしゃれな響きのはずの「ピール」さえ「THE 保存食」て感じになるのは何故  


Posted by cindy1232  at 12:41Comments(0)

2018年05月29日

家康を船を出し

魚市場はどの地方でも『活きの良さ』が売りですが、こと東京の魚河岸はその代表の一つかもしれません(๑•̀ㅂ•́)و✧
今和次郎先生も『魚河岸の景気のいい兄いたちのかけ声を聞けば、腐った鰹まで生き返ってくる』と喩えております。それほどまでに活気があり華やかな場所、それが江戸~東京の魚河岸です(*^_^*)
材木商同様、江戸時代初期からこちらにやってきて徳川家康から江戸前の漁業権を勝ち得たのが佃島の漁師たち。彼らは元々摂津に住んでいたのですが、そこの神埼川で立ち往生をしていた家康を船を出して渡してやったという縁で江戸にやってきたそうです。てか実は私、これって家康が呼びつけたとばかり思い込んでいたのですが(^_^;)どちらにしろ家康にとって信用できる集団=江戸城に納める魚を任せることが出来ると思ったのでしょう。
更に江戸城に収めた後の余りを市民に分けることを許され、日本橋小田原町にその売場を開いたとのこと。それが日本橋魚河岸の始まりでした。
そう、元々魚河岸は日本橋にあったのですよ・・・しかし関東大震災を機に芝浦への仮移転を経て築地に移りました。その理由は魚特有の悪臭(>_<)
五街道の起点でもあり、多くの名店がひしめく日本橋、その地価だけでなく暖簾にまで法外な権利がついて回っていたのに、魚の匂いがあるがために・・・ということになってしまったらしい(´・ω・`)
また、あくまでも個人的な見解ですが日本橋ではあまり交通の便が良くなかったのではないかと思われます。何せ築地の方が海に近いですし、現代でこそ使われていませんが線路まで引き込んで列車が横付けできるようになっていますからねぇ。流石に日本橋じゃ列車の横付けはできない/(^o^)\
実際南は台湾、北は北海道、千島、樺太、カムチャッカの魚までが集まり、関八州、東北、甲州信州の山奥まで売られていったとのこと。東北だったら地元のお魚のほうが美味しいと思うんですが・・・そこが築地ブランドなんでしょう(^_^;)

なお当時の築地魚市場組合員は問屋、問屋件仲買人、仲買人合わせて1290人もいたそうです(゚∀゚)更に買い出しの魚屋、料理屋が1日2万人。1日の売上総額が平均20~22万円、一週間に6日、四週間+αとして27日位市場が開かれているとしたら月540万~594万円ほどの稼ぎになります。材木問屋の億超えには及ばないですが、当時としてはかなりの大金。魚河岸の勢いを感じます  


Posted by cindy1232  at 12:20Comments(0)